大村収容所事件

昭和26年03月27日 衆議院 行政監察特別委員会

(略)





昭和27年12月12日 参議院 法務委員会
[002]
政府委員(法務省入国管理局長) 鈴木一
(略)

それが最後に問題が起きましたのが11月の11日でございまして、所長はそのときに連中の意図しておりますところが察知されましたので、この収容所内の連中がおります居室の中に入るということを拒否いたしたのでございます。そのために、それを口火にいたしまして午後3時から約12時間揉み合いが起ったのでありまして、その当時この350名の手続違返者のほか、不法入国者が約300名おりまして、合せまして650名の人たちが一団になりまして窓という窓を壊し、戸という戸を壊して外に出まして、外壁がございますが、これは先ほど申しましたように板塀であって、それを40数カ所、大きな人の通れる穴を作りまして、窓その他にありました棒切れを以ちまして壊しまして、650名が集団脱走するという事件があったのでございます。

このことは、11日以前から中の不穏な空気を察知いたしまして、大村収容所といたしましては警備の万全を尽しておったのでございますが、大村収容所の人員といたしましては僅かに250名程度でありまして、そのうちの140名が警備官と申しまして、警察官と同じような服装をいたしておるわけであります。その人たちが第一線に立ちまして、なだめると同時に、出ないように、脱走のないようにということで警戒いたしたのでありますが、遂に暴行を働くということになりましたので、大村の市警、或いは長崎の国警本部というようなところから応援を得まして、又大村の消防団というような方面からも応援を得まして、約1000名足らず、900何十名という人たちを動員しまして、この大村の収容所の廻りに人垣を作ったと言っていいのでありますが、防備をいたしまして、その間、消防用ポンプで水を出しまして、そして穴から出掛けるのを防ぐ、それから極く少量の催涙ガスを、密集して塀に突撃して来る事態になりましたので、そこに催涙弾を極く少量投げまして、やや落ち着くことができたのであります。

このために死傷者はなかったかというと、これは1人もなかったのでございます。収容者のほうからはその場にありました石なんかを頻りにこちらに投げて参ったのでございますが、警備官、警察官のほうには石を受けて怪我をした者もございますが、幸いにしまして瘤を作る程度のことでございまして、どちら側にも大した怪我はなかったということで漸く事なきを得たのでございます。

早速落ち着きますと同時に、医療班の看護婦を内に入れまして手当をいたしたのでありますが、手当を特に要する者はなかったのでございます。現在におきましては650名の集団暴行と申しますか、そのうちで30名が検挙されまして目下調べが進行いたしておりますが、最近におきましてそのうちの12名はすでに釈放になっておるのであります。あとの者はまだ取調を受けておるという状況であります。





昭和28年03月09日 参議院 内閣委員会
[004]
改進党 松原一彦
内閣委員会の御決定に基きまして、私は昭和28年1月20日より1月24日までの5日間、長崎県及び福岡県下の行政機関を視察して参りました。竹下(※豐次。無所属)委員長も御視察になるはずでしたが、御病気で御参加ができなくなったために私1人の視察となったのであります。

(略)

第5に大村入国者収容所であります。この収容所には終戦前から日本におる朝鮮人で旧登録令の手続を違反しておる者及び朝鮮人の不法入国者が現在全部合せて490人収容されております。これまでに朝鮮へ送還された者は5427人でありますが、手続違反者は韓国政府においては国籍がきまらぬとの理由で受入れを拒否しておるため、収容者数は増加の一途を辿っておるとのことであります。

従ってここに収容せられておりまする500人に近い者は、不当拘束を理由とする釈放要求や待遇改善要求等のために騒動がこれまでたびたび起っておるのでありますが、当局としては速かに日韓関係の整備、施設改善等を要望しておることを見て参りました。

この収容所は大村の湾に近い、元の飛行場の建物を利用しております。そうして収容者を入れております所は、丁度刑務所と同じように、非常に厳重な囲いがしてありますにもかかわらず、数カ月前に暴動が起って、建物を叩きこわした、塀をこわしたというようなことから、今度はその外廻りに見上げるような高いコンクリートの塀をこしらえ、四隅に高い監視所を設け、刑務所以上ともいうべき手厳しい監視をいたしております。

今までは外での運動も許し洗濯等も行われておったそうでありますが、最近にそういうことがありましてから全部家の中に閉じ籠めておりますために非常に不平が多い。陽の目を全く見ないのだというので、運動も外に出さないというところから非常な不満を訴えております。これは誠に気の毒なのでありますが、併し今日の法規の上から何ともいたし方がない、強制送還もできない、向うで受取らないというのであります。





昭和28年07月20日 参議院 内閣委員会
[126]
改進党 松原一彦
実は私も大村を見て来たのですが、私の見た当時には木造の収容所で、それに暴動が起って、大変こわした跡があって、万止むを得ずそれの外側に鉄筋コンクリートの二重の塀を作って上に監視を立てて、まあ刑務所よりももっと手きびしいくらいな大変きびしい、逃走を防ぐであろう装置を作っておられた。誠に痛ましい情景を見て参ったのですが、今度お作りになる新収容所も丁度ああいう形式のものでございますか。

[127]
政府委員(法務省入国管理局長) 鈴木一
非常にいいところを見て頂きまして感謝に堪えないのでありまするが、今回の新しいものは外側の塀は大体今作っておりますのと同じ程度でございます。ただ塀を非常に広くとりまして、中に約6棟2階建でございまして、野球ができるくらいの運動場もできておるのであります。

この塀の内部におきましては極めて自由に、一部屋、一部屋鍵をかけるということはなしに、これは刑務所と違いまして、船待ちという観念で外国人を扱っておるわけでございまするので、最も人道的な取扱をいたして明るい気持で船を待っておるという思想の下に新しく作っておりますが、今度のは非常に気分がよろしい建物であります。





昭和28年08月07日 衆議院 法務委員会
[071]
法務事務官(入国管理局長) 鈴木一
大村収容所その他におきまして強制送還に該当する人たちを扱っておりますが、その食費は全部国費でまかなっておるわけであります、これはカロリーも計算いたしまして、2400カロリーは必ず下らないということで十分なカロリーと、それから量におきましても、これはこういうところで申し上げていかがかと思いますが、職員であります警備官などが家庭で食べる食事よりもむしろいいのじゃないかといわれる程度になっております。食事につきましては、特段の処置を講じ、特に大村などにおきましては、朝鮮の人たちの好みもございまして、特別のつけものであるとか、そういうようなことも配慮いたしておるわけでございます。

強制送還に関します一切の費用は国費で負担しておりますので、大体現在におきまして、大村収容所に収容する経費、あるいは船を雇いまして行く経費、その他大局的に見まして2億円くらい使っておるのじゃないかと思います。





昭和30年03月31日 参議院 法務委員会
[102]
法務大臣(日本民主党) 花村四郎
大村収容所に収容中の者は3月28日現在で1287名に相なっております。その大部分は密入国者、あるいはまたその他わが国で麻薬の罪を犯し、あるいはまた強盗、窃盗等の常習者等の悪質な犯罪の前歴を有する者でありまして、これらの人々を収容いたしておるのでございます。その収容に関する法的の根拠は、出入国管理令に基き、それぞれの本国へ強制送還をするために一時収容所に収容をいたしておるのであります。





昭和30年12月14日 参議院 予算委員会
[077]
政府委員(法務省入国管理局長) 内田藤雄
今、大村に入っております者の数は大体1685ぐらいになっておりますが、その中で大多数は、1300名は密入国でございます。

当面問題になっております戦前からの犯罪者の数は約370でございますが、これらの人々はわれわれの方で手続を、国内法の手続はもちろんでございますが、しぼりにしぼってそういう数字になっております。

大体前科1犯ないし2犯で入れております者は殺人とか強盗、あるいは麻薬の密輸、大量のブローカーあるいはヒロポンの大量の製造者といったようなものでございまして、あと前科3犯以上、これがほとんどその大半を占めるのでございますが、3犯から12犯までの人々の大体は窃盗、臓物故買、詐欺横領というようなことの常習者でございます。





https://ja.wikipedia.org/wiki/大村収容所事件






前略と後略は省略、旧字は新字に変換、誤字・脱字は修正、適宜改行、
漢数字は一部アラビア数字に変換、一部括弧と句点を入れ替えています。
基本的に抜粋して掲載していますので、全文は元サイトでご確認ください。